香川句会報　第37回(20１４.０２.１５)於、サンポートホール高松

事前投句参加者の一句

杉菜根辿ってきたよ忍野八海（おしのはっかい）	稲葉　千尋
『ダイハード』見終へし後の湯冷めかな	野澤　隆夫
薄氷やまどろんでいる顔もあり	田村　杏美
触れて知るわれに臍ある冬籠り	河野　志保
雪雪雪やわらかく空毟られて	月野ぽぽな
速みゆく疏水の流れ春立てり	景山　典子
襟足の青々として春の雪	古澤　真翠
口開くときの「ぽ」の音　春未満	市原　光子
土匂う愛投げやりにしてしまう	柴田　清子
新雪やドレミドレミと孫の靴	漆原　義典
春めける柳は水になるところ	亀山祐美子
バレンタイン時は手の内今が旬	侑　　　海
致死量となる梅の香の一匙よ	久保　智恵
直角に生きる日もあり雪の朝	藤田　乙女
空耳の吹きだまりかな薄氷	三好つや子
二月早鳥の嘴老いにけり	ＫＩＹＯＡＫＩ　ＦＩＬＭ
粉雪のあなたのあとばかり追ひぬ	高岡　晶美
三・一一マリアのように汚す足	小西　瞬夏
子供らは西に東に豆もらい	��木しげ子
ネギ伸びてキャベツ丸まる四温かな	尾崎　憲正
凍土からせり上がつてくる戦争	上村　良介
春の宵ひと刺してきた口漱ぐ	桂　凛火
牡丹雪水に消え去る傍観者	小山やす子
夭折や吊すオーバーの裏は緋	若森　京子
ゆりかもめ露人は小さきクロス塚	増田　天志
手ごわいな山の干し柿種七個	矢野千代子
冬青藻かえり来ぬ肉（しし）うねります	野田　信章
春月とろり赤い扉の種物屋	野�ｱ　憲子

句会の窓

野澤　隆夫

特選句「直角に生きる日もあり雪の朝」…鈍角な日々の小生も、今回の雪は直角に過ごす１日でした。「お祈りの嘴は鍵盤ラプソディーインブルー」…ガーシュウィン曲のピアノ・ソロが聞こえる雰囲気。一方「星のしづく風のしづくや野火走る」…シューベルト『魔王』での父が、息子を抱え、馬を走らせてるかの情景が浮かびます。「春の宵ひと刺してきた口漱ぐ」…Ｓさんの上手な鑑賞から、なるほど「口は禍の門」と納得。問題句「口開くときの「ぽ」の音　春未満」…「ぽかぽか日和」の穏やかな今日も、まだまだ春未満です。

景山　典子

特選句は　「襟足の青々として春の雪」　若い男性の剃り上げられた襟足を想像しました。若い僧かもしれません。雪の白さとよくマッチしており、また清潔な色気もただよう素敵な句だと思いました。問題句は、　「のつけから紅まんさくとなりにけり」　「のつけから」という表現が面白くて魅力を感じる句ですが、「のつけから」は、「まんさく＝先ず咲く」とダブっているのではとも思います。だから面白いのかもしれませんね。

尾崎　憲正

特選句「触れて知るわれに臍ある冬籠り」この“臍”はひとの肝心な点を指しています。そうです、魂です。その臍にそっと手で触れて、自身が揺るぎない魂を持った存在であることを確認し、平俗な世相に背を向けて高潔な孤独を選んでいる。それが、“冬籠り”であると解釈させて頂きしました。どこにでも居る蛙のような俗人の冬籠りではないのです。作者の方の生き方が偲ばれます。問題句「寒明けや机の上にルル３錠」寒が明けて机の上に風邪薬（ルル）が３錠ある、と言うのが句の内容でしょうか。最後の“ルル３錠”は薬の宣伝で永らく使われて来たもので、リズム感が大変いいですし、俳句に用いる言葉としては新鮮です。しかし、最近ではこのキャッチコピーを知らない人も多く、縷々説明しなければ通じなくなりました。この点が問題だと思います。

小山やす子

特選句「手ごわいな山の干し柿種七個」の表現が端的で面白く、上等の干し柿は種も少なくほっこりと大きい。種七個で山家の暮らしぶりや人間関係まで想像してしまう。問題句「日が射して笹の葉のつまし雪崩かな」、の意味が分かりませんでした。

小西　瞬夏

特選句「春の宵ひと刺してきた口漱ぐ」・・「春の宵」という不穏な空気、ただならぬことが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。そんな景により「ひと刺してきた」がそれほど過激ではなく読めてしまう。そして、それに続く「口漱ぐ」というささやかな行為、禊のような営みがその不穏な空気を清める働きをしている。「ひと刺してきた」というのは、実はその口で相手を傷つけたことかもしれないし、刺すほどに濃厚な関係があったのかもしれない。どちらにしても、その不穏さと清浄さのようなものが同居する、その振れ幅が作品を大きく豊かにしているのではないだろうか。

田村　杏美

特選句『湖北いま旬の顔なり遠く雪嶺』目の前の広大な湖、その遠く向こうには雄大な雪嶺。情景がはっきりと浮かぶような、すてきな冬の一句です。問題句『牡丹雪水に消え去る傍観者』ストーリー性があり、おもしろい一句でした。でも傍観者はだれなのか、どの視点から表現されているのかがあいまいです。 　

増田　天志

特選句『口開くとき「ぽ」の音　春未満』その時、私は炎える鳩。問題句「黒山羊に手紙名も知らぬ白山羊」白黒と分かち難きは恋路かな。

漆原　義典

特選句「愛されること終わり蛇穴を出るづ」は愛の心情の微妙さがよく表現されていると思いました。問題句「お祈りの嘴は鍵盤ラプソディーインブルー」は、字余りが少し気になりました。

古澤　真翠

特選句「雪雪雪やわらかく空毟られて」雪雪雪雪と、三つ重ねたことで 雪への感動が感じられ、やわらかく空毟られて と思いも及ばない表現に 引き込まれました。「その影は濃く長きもの鎌鼬」鎌鼬という妖怪とも怪奇現象ともいわれる言葉を、どのような気持ちで作句なさったのか…ご本人にお聞きしてみたくなりました。「火の恋もなかったように雪女郎」 雪女郎は、どなたのことかなぁ〜と興味津々です。「夭折や吊すオーバーの裏は緋」思わず、ご冥福を祈りながら、オーバーの裏の緋色に締め付けられるような作者の哀しみが伝わってきました。

三好つや子

特選句「雪雪雪やわらかく空毟られて」　中五と下七に面喰いました。形や大きさがまちまちの春の雪にぴったりの表現ですね。「凍土からせり上あがってくる戦争」悲劇の連鎖しか生まない戦争・・・。凍土という語に危うい現代社会を感じました。問題句「黒山羊に手紙名も知らぬ白山羊」特選句より心惹かれた句です。黒山羊と白山羊と手紙、作者が何を伝えたいのか。それをどう読み解けばよいのか。気になります。

　

河野　志保

特選鑑賞「夭折や吊すオーバーの裏は緋」…はっとするような展開にひかれた。思いがけず目にした「緋」が、「夭折」の事実と作者の受けた衝撃を鋭く物語る気がした。

ＫＩＹＯＡＫＩ ＦＩＬＭ

特選句「『ダイハード』見終へし後の湯冷めかな」この句が好き、というのは、『ダイハード』のシーンが、頭の中に過ってきたからです。あの映画は冬の寒さが、印象的です。（でも同じ題名のドラマかもしれないし、別の番組なのかもしれません。）僕が思い出したのはアメリカ映画の『ダイ・ハード』と続編の『ダイ・ハード２』です。どちらでも、「湯冷め」の感じが良く出ています。湯冷めは辛い。今日も経験します。湯の中のチョットだけの暑さ。湯あがりの、ぶるぶる。背筋が凍ります。問題句「のっけから紅まんさくとなりにけり」読んで、「？」の思いになりました。平仮名の丸みがかった、文字。「のっけから」と「紅まんさく」が好きです。なぜか、読むと、あれ？と思います。不思議な一句です。

侑　　　　海

特選句も問題句も「日が射して笹の葉のつまし雪崩かな」です。「つまし雪崩」がとっても可笑しくて、哀しくて、可愛いらしくて、作者の視点に共感しました。しかし、俳句としてより散文になっているので、「日射しあり」と「笹葉のつまし雪崩かな」にした方が良いかなと思います。宜しくお願い致します。３月句会楽しみにしています。

亀山祐美子

特選句「空耳のふきだまりかな薄氷」薄氷のざらついた表面を（空耳のふきだまり）ととらえた感性に脱帽です。オリンピックを見ながら、「感心する句」と「感動する句」の差を考えていたら、問題句の粗探しや、「それがどうした」と思う自分自身の心持ちが問題なのだと思った。佳句はすとんと飛び込んで来る。それを受け止める素直さが自分にあるかどうかだと思った。

若森　京子

特選句「水仙の包帯をゆるめてあげて」寒風に吹かれ健気に咲いている水仙を見て思わずの発語であるが、水仙と包帯の感性に作者の優しさが滲み出ている。問題句「黒山羊に手紙名も知らぬ白山羊」黒山羊、白山羊があう人物像に思えてくる。不思議な感覚。ふと個人情報を問題にする現代社会を思わせたがオーバーかな。問題句としながらも惹かれる句です。

柴田　清子

特選句「致死量となる梅の香の一匙よ」梅を季語として作句して、自分ながら成功したことが一度もなく、梅だけは、作句からいつも遠のいていた。詠えば、すでに詠いつくされているような。その点「梅の香が致死量となる」なんて言い切って、そのように思はせるのは、「香の一匙」が私に特撰とならしめたところかと思う。問題句「口開くときの「ぽ」の音　春未満」・・「春未満」を問題としながらも魅力ある５・７・５の仕立の句ですね。

月野ぽぽな

特選句「空耳の吹きだまりかな薄氷」・・「空耳」は嵩はないが、確かに積もってゆくもの。その感覚を「吹きだまり」という措辞でうまく捉えている。「薄氷」も、あるのにない感をサポートしている。

稲葉　千尋

特選句『口開くとき「ぽ」の音　春未満』一読、感覚でいただいた。「ぽ」の音から感じる春未満の措辞の良さは、作者独特の感覚であろう。まさに春の句である。問題句「ネギ伸びてキャベツ丸まる四温かな」我が畑を見ている感じてある。が、上五中七はいい感じである下五の「四温かな」で余韻が切れてしまった感あり惜しい。

桂　凛火

特選句「茹で卵のっぺりと剥け建国日」・・時代感覚が皮膚感覚のように伝わりました。問題句「三・一一マリアのように汚す足」内容が深いと思います。その分、俳句としてこれだけで読むには読み取りが難しいのですが　マリアのようにの比ゆがよくきいていて好きでした。

野田　信章

特選句「土匂う愛投げやりにしてしまう」中句以下の素面をさらした表白に対して、素手で掴みとったといえる上句の「土匂う」には、早春の気配を覚えさせるものがある。そこに相俟って、心情の美しい結実が存在すると思える。問題句「幻覚は明日(あした)へ明日(あした)へ福寿草」この「幻覚は明日へ明日へ」には、この作者なりの生き様の際立ち方があるが、「幻覚」とは、幻視、幻聴、幻触などの中のどれか判然としないので、作者にとっては必然の「福寿草」との響感も求めようがなくて、もどかしさが残ってしまう。

上村　良介

今月の誤読●「春の宵ひと刺してきた口漱ぐ」。まず「春の宵」であるが、春になるとヘンになる人がいる。なんというか、こう、ムクムクとなるのだ。ムクムクとして犯罪に走る人もいる。犯罪も万引や痴漢くらいだったらまだいいが（よくない！）、殺人となるとちょっと問題だ（ちょっとじゃねえって！）。世にはシリアル・キラーと呼ばれる快楽のために人を殺すという困ったクセを持つ人がいる。手口はいろいろ、絞殺、撲殺、射殺、毒殺などなど、テクはじつにさまざまだが、この場合は「ひと刺してきた」だから刺殺だ。死体の処理方法もこれまたさまざまで（以下、心臓の弱い方、妊婦の方はお読みにならぬように）、なかには食べちゃう人もいるのだ。有名どころでは「羊たちの沈黙」に出てくるハンニバル・レクターさんがいるが、彼は自分でも食べるし、お客にふるまったりもする。究極のおもてなし。とうぜん、食後は「口漱ぐ」ということになる。レクターさんって食通ね。 今回はちょっと悪趣味が過ぎましたね（笑）。こういうの書いてるとだんだんわたしの本性が露呈するようで困ってしまいます。でもネは善人なんですよ。って、信じてもらえないかもしれませんが。

野�ｱ　憲子

特選句「薄氷やまどろんでいる顔もあり」・・平明な作品ですが、何度も読んでいると、佐保姫の顔のようにも思えてきました。早春の鋭角な空気の中、素直な感受に惹かれました。問題句「三・一一マリアのように汚す足」・・気になる作品です。聖母マリアか、マグダラのマリアか、東日本大震災との取り合わせの飛躍に、私は、今一つ乗れませんでした。

市原　光子

特選句「冬青藻かえり来ぬ肉(しし)うねります」戦死者でしょうか遭難者でしょうか、冬青藻のうねりが痛ましく、哀悼を捧げます。「速みゆく疏水の流れ春立てり」こうした瑞瑞しい写生句も現代俳句の中にあって捨てがたいものがあります。

藤田　乙女

雪の被害が各地で伝えられていますが、私の住む所は、全く雪が降りません。オリンピックの選手の活躍に感動の日々です。

高岡　晶美

今回は、冬の季語と「赤」の取り合わせが多かった気がしましたが、中でも「冴え返る日に高下駄の緒の紅き」の紅は一際鮮やかでした！足元に向かってズームがかかり、鼻緒まで行き着く、よりその「紅」が際立ってみえる、巧い手法だと思います。「ネギ伸びてキャベツ丸まる四温かな」を問題句としたのは、「四温」だから「ネギ」が伸びて「キャベツ」が丸くなる、と重季に加えて原因結果だけで終わってしまっているからです。それぞれの関係性はもちろんあるものとして、ただ事実ばかりを詠み込むのではなく他のことに焦点を当てるとより良くなるかもと思いました。

袋回し句会

アドリブ

アドリブの得意な奴の落第す

野澤　隆夫

やけに淋しいから三月はアドリブで

小西　瞬夏

永遠のアドリブである猫の恋

野�ｱ　憲子

自転車

枯野突っ切る自転車自由になるために

小山やす子

自転車にゆづる小径や寒椿

尾崎　憲正

鬼

節分の夜鬼ころし呑んでをり

田村　杏美

白梅の下に死したる鬼を埋む

上村　良介

日本は鬼多き国豆をまく

景山　典子

時計

廃屋の柱時計とその傾き

上村　良介

朧月少女に時計なかりけり

小西　瞬夏

湯のみ

それはそれこれはこれです春の湯のみ

小西　瞬夏

養花天湯呑を割ってしまひけり 　

柴田　清子

春の月

寝そびれて春月の声聞いたような

田村　杏美

五合目の祠（ほこら）にお神酒春の月

野澤　隆夫

年金

年金や猫背の若き配管工

野�ｱ　憲子

春おぼろ年金でゆくラスベガス

尾崎　憲正

木の芽

木の芽時行方くらませてしまふ

柴田　清子

音もなく降り出す雨や木の芽和

景山　典子

ルル３錠

ルル三錠もう風を光らせてゐる

柴田　清子

ルル３錠ひょいと手のひら春隣

��木しげ子

ルル３錠今は昔の春火鉢

小山やす子